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サラリーマンは……

気楽な稼業(家業?)ときたもんだって昔いうてましたけど……

入社したばかりの頃は「誰のおかげで飯食ってんだ!」とか「お前らは赤字職員なんだからな!」とか言われてじゃあどうすりゃいいのさ?てビクビクしたり悶々としてたけど、とりあえずは、毎月の給料は振り込まれていた。明細書みて束の間の安堵して、また何やら分からん威圧感とか不安感に気圧される日常が続くという流れ……

そんな時期に、今から考えれば、よく芝居なんかやってたなあ、と思います。とりあえず鬱みたいな感じだったのに、芝居仲間とのワークアウトや稽古やミーティングは、参加出来た。

いや、こういうのすらなかったら俺は、ますます閉じこもりで、休みの時も「この休みが終わったらまたあの職場に行かなきゃならないのか……」ていうのが重くのしかかってきて、内心はかなりしんどかったかもしれない……。

だから逆に、反動的に芝居に打ち込もうとしていたのかもしれない。手探りでも何も分からんでもかまわないからとにかく芝居のための筋肉をつけたいという気持ちで突っ走っていたかもしれないあの時の俺……。

とりあえず、こんなんだったら、こんな仕事辞めてもいいや! と何度か思ったこともあります。馬鹿らしくてくだらなくて俺、腐ってくると思ったこともあったり。何で、希望の課に行かせてくれないのか、適性も何も考えないふざけた採用の仕方で嫌なことをごり押しさせやがってしまいには「この仕事に誇りを持て」だとぉ? 「ここで採用されたらここで頑張るしかないんだ!」だとぉ? 何言ってやがるこの鼻詰まり共が! なんて内心拳を固めてたし。

こういうアホな思考が横行してたんだ。

仏教的な見地からみれば生命保険なんぞ必要ありません。俺もお客さんに話とかしていて虚しくなったもんです(別に仏教徒でも仏教者でもないですが)。でも保険の販売員だったから無理やり好きになって訴えるしかありません。で、「考えときます」と言われて。こんなん「ぶぶ漬け食うていきなはれ」と一緒やん。

で、社に戻って「俺たちと同じ時間働いて同じ商品売ってるのに何でお前は見込み客作れねえんだ?!」とどやされるわけです……

それでも、月の給料は振り込まれていた。

何だか、それだけが生きがいになっていた。

芝居っつったって、仕事あっての芝居だから、結局は、月一で振り込まれてくるサラリーがなきゃダメなのですよ……。それがなくなったら路頭に迷うわけですよ……。

サラリーマンでやっていくのか、一念発起して芝居でやっていくか。

おらの現状見たらば明らかです。

でも、だからって、芝居で手抜いたりしません。アマチュアだからといっていい加減じゃありません。

自分なりに本気で攻めます。でないとやれない。演じられんのです。

なんせ身体を使う芸事は全部表に知られますからどうやっても己が曝け出されてしまうのであります。

辛いですね……

でもそれが終わったらまたサラリーマンの日常だ……。

いや、逆に、そんなんだからやってられるっていうのもあるのかもしれない。

そんなこんなで10何年。

馬鹿だね間抜けなピエロ

でも、ピエロでいいじゃないか。中途半端でいいじゃないか。別の顔持ってたって。白鳥は悲しからずやじゃないけどどっちつかずだっていいじゃないか。思うがままに漂える。

これはこれで遊んでいる。そういう感覚で。

たしかにガチでやってる人とは、たぶん私立中学の英語の授業と公立中学の英語の授業以上の開きがあるでしょうが、そいつが今いる立場や環境や物理的な条件や可能性、いろんなこと考えて、今のそいつが出来る範囲のところでやれればいいのではないかと割り切って、

芝居一筋一本勝負で食っていく人ならそれもいい、やっぱ仕事本位でシフトだ何だでみんなに迷惑かけながらもしつこく芝居にしがみつく奴もいる(俺です)。

たしかに稽古の場では芝居の濃い空気やら聞いたことない戯作や戯作者が飛び交うさ、で「あなたの好きな戯曲は?」とくる。知らんのです。答えられんのです。

でも仕方がないのだ俺はサラリーマン……

そんなサラリーマンがそわそわする季節が桜の開花とともにやってきます。

で、桜の森の満開の下には食い散らかされたコンビニおつまみのケースやら紙コッププラスチックコップ、氷結とかハイボールとかのくにゃけた缶に、ソースやゲロが飛び散ったきったねえ段ボールの箱、ビールやら酒やらつまみやらで汚れたままのブルーシート……見るも無残な残骸の数々……

そんなのが桜の匂いに紛れこんで漂ってきて蒸せ返るような吐き気を催す。

そんなサラリーマン人生があって、

こんなんなるわけないやんとか思いながらも、でも明日はわが身と心のどこかで陰りを感じて、

そうやって、日一日その日その日を何とかやり過ごしていくという生き方で、

残念でもあり、ほっとしてもいたり……

いろんな顔を持って、そのどこにでも自分がいたり、またはいなかったりして(笑)。

そうだ、サラリーマンってのは、9時5時だろ? 専門家や職人なんかは24時間縛られてんだぞ、て言われたことがあった。

どっちが苦しいか。……いや、どっちも苦しいのさ。

生きている限り、苦しみは続くし楽しみも併行して続いちょる。

苦しんでいる間、それが金になり肥やしになり。

どっちもどっちじゃて(笑)。

お陰様で来月からも仕事続けられそうです。予定通りにいけば、6月7月に芝居もやれそうです。

この前泊まった宿の大広間に、どこぞの坊さん(?)が書いた色紙が掲げてあって、それには円が描いてあって、「おかげさまいっぱい」と書いてありました。

泣きそうになりました。