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理解すること

なんでも少しのことを「理解」すると対象への接し方・見方が変わることはよくあるとおもう。

知ってるひとは、狭いせかいで生きてるひとを上から見下したりするかもしれない。

様々な知識を持って「評論家」となるか、狭いせかいでも純粋に楽しむか。

どちらがしあわせなのかなって。

セッションやスタジオ前だと耳コピモードになってしまって、街で何を聞いてもコピろうとしてしまうのだ。違うモードで聞いたらきっと違う風に聞こえるのだろうなとおもう。

でも楽器をやっている身としては狭いせかいだけでは向上心が無くて成長しないともおもう。ただ口だけ達者になるのではなく実力が伴わないと成長とは言わないけど。

年々、純粋に楽しむことが難しくなってると感じる。

まあ彼が何事にも「結果」を求める性格なので、音楽聞いても映画観ても感想を語り合って「どういう作品なのか」というゴール目指すひとだからっていうのもある。

なんでも語り合えるのがわたしは嬉しい。比べるのは良くないのだろうけど、以前付き合っていたひとはわたしの話はよく聞いてくれたけど、自分のことはあまり話さないひとだった。

会話が無い、のが一番しんどかった。

今の彼は小説でも映画でも、興味を持って、とりあえず楽しんでみようとしてくれるし、感想を共有してくれる。

思いつきで「〇〇行きたい!」て言ったら聞き流すんじゃなくて実現させようとスケジュール考えてくれる。付き合った当初それが一番びっくりして、今でも好きなところ。

なんなら絵画展とかもつきあってくれるんじゃないかな、二人とも知識ないけどw知ったか合戦で(笑)

さて少し話がそれてしまった。

わたしは「カッコつけて評論家する」のも「純粋に楽しむ」のも両立するとおもっている。

こう・・・言葉にうまくできないけど、でもただすごく好き!ていうものってあるとおもうし。

だからそんな難しいこと考えなくてもいいんだ。

自分がどのステージにいても、どのレベルで対象に接しても「知ったかぶりして自分で自分を追い詰める」「ひとと比べて自分を追い詰める」さえしなければ。